清水町には弥生時代から中世まで、各時代の遺跡など多く存在しています。これらは先人たちの歴史や文化を伝えてくれる貴重なものであり、私達の共有財産でもあります。そんな先人たちの声に触れ、新たな歴史を発見してみはいかがですか?

 

伏見古墳群

古墳時代終末の横穴式石室をもつ小円墳。副葬品として土師器が出土。号墳からは奈良、平安時代に鋳造された銅銭である神功開宝と隆平永宝が見つかっています。

 

伏見久保川のほとりにある小さな祠に赤石地蔵は祀られています。旅僧が疫病から村人を守る守仏。
 

 

主神を応神天皇とし、比売神・神功皇后を祭っています。境内北隅には頼朝と弟義経が対面した時に腰掛けたといわれる対面石があります。
 

三島の楽寿園に湧く小浜池の水を、5ヶ村の灌漑用水として利用するため、伊豆と駿河国境の谷に架けた樋です。
 

町内に一里塚は2つあり、東海道を挟み伏見玉井寺と宝池寺の前に一対をなしています。
 

 

慶長9年(1604)、江戸幕府二代将軍の徳川秀忠が諸国の街道の大改修を行った際、両側に松や杉を植えさせたと伝えられています。
 

慶長20年(1615)、徳川家康はこの地を隠居城として選び縄張りをしましたが、元和2年(1616)急死して実行には至りませんでした。

 

十王とは冥界で死者の罪業を裁く十人の裁判官のことで、その十人とは泰広王、初江王、宋帝王、五官王、閻魔王、変成王、太山王、平等王、都市王、五道転輪王です。

 

城といっても壮麗な天守閣を備える城ではなく、木柵を巡らした曲輪や物見台、堀などで構成される戦争用の城であり、山の尾根の地形をうまく利用してこれらを築いています。